『都市芸研』第三輯/文革期におけるスタシス批判初探

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文革期におけるスタニスラフスキーシステム批判初探 ――革命現代京劇と「人間」のいない舞台

平林 宣和

はじめに

高義龍、李暁(1999)は、革命現代京劇を含む一連の戯曲現代戯を、「中国共産党の直接の指導のもと、革命的理論によって武装し、新しい人物、新しい世界を戯曲の形式によって描く」ものと定義し、それまでの時装戯、改良戯とは明確に区別している。これら戯曲現代戯が、延安時代以来建国後にいたるまで一貫して追求してきたのが、プロレタリア階級の英雄人物を舞台上にどのように形象化するか、という課題であった。

この課題の直接の原点となるのは、1942年5月に発表された毛沢東の『文芸講話』である。さらに建国後の中間人物論批判(1964)を核とする一連の文芸黒線批判(1966)、また文革開始後に既存の様板戯から帰納する形で打ち立てられた三突出理論(1968)なども、英雄人物の造形にそれぞれ一定の役割を果たしてきた。今日我々が様板戯*1 の記録映画で目にする、神々しくもまた著しく内面的奥行きを欠いた一連の英雄人物たちこそ、この課題を最も先鋭的に具現化したもの、といってよいだろう。

これら英雄人物の形象については、これまで主に文学研究の領域で、その前提となる文芸理論、および劇作中の人物形象の変遷に関する研究が進められてきた*2 。また近年においては、牧、松浦、川田(2002)が、「翳りなき身体」ということばでその身体性の一側面を記述している。前者は主に文字によって表現される物語ないし人物設定というレベルを扱い、一方の後者は劇作に基づく俳優の演技によって舞台上に現れる英雄人物の形象というレベルを主要な論及の対象としている。

小論では、文革中の1969年に始まったスタニスラフスキーシステム批判を検証することにより、俳優の演技術のレベルにおいて、革命現代京劇の英雄人物の形象を成り立たせている組成を析出し、そこにどのような原理が導入されているのかを明らかにしたい。ただしスタニスラフスキーシステム批判を専らに扱った先行研究は管見の及ぶ限り見当たらず*3 、小論はあくまでおおよその輪郭を描く初探レベルのものであることをあらかじめお断りしておく。

1、スタニスラフスキーシステム批判前史

スタニスラフスキーに関する情報は、民国初期の1916年にすでに中国にもたらされている(馬俊山、2003)。その後、著作の翻訳が1937年から鄭君里によって開始され、一方でスタニスラフスキーシステム(以下スタシステムと略称)も同時期の俳優養成に部分的に採用されてきた。さらに新中国建国初期には、ソビエトから複数の専門家を招いて国内の人材育成が集中的に進められており、スタシステムはやがて演劇界の「聖典」として揺るぎない地位を占めるに至っている。

そのスタニスラフスキーが文革開始後最初に批判の対象とされたのは、「林彪同志が委託し江青同志が開いた舞台の文学芸術活動座談会紀要」、いわゆる「紀要」においてであった。1966年4月10日に内部伝達され、翌1967年5月29日に全文が公表されたこの文章のなかで、スタニスラフスキーはソビエトのブルジョア階級民主主義者の一人として取り上げられている。ただし名前が挙げられているのは全文中わずか一箇所のみで、しかも個別に論及されているわけではなく、この時点では本格的批判の対象にはなっていなかった、といってよいだろう。

それがより大規模な批判活動へと展開していく発端となったのが、『紅旗』第6-7期(1969)に発表された、上海革命大批判小組「スタニスラフスキー「システム」を評す」という文章である。この文章は序文および四つの章で構成されており、冒頭でスタニスラフスキーをブルジョア反動芸術権威と断じ、スタシステムの骨格を成す「自己」、「種子論」、「無意識」の三点を主な対象として批判を展開している。これ以降様々な媒体でスタシステム批判が展開されるが、今回はまずその口火を切る形になった上述『紅旗』掲載の文章を検証の対象としたい。以下その骨子を、原文翻訳を要約した形で示すことにする。

2、スタニスラフスキーシステム批判要旨

序文*4

スタニスラフスキーはブルジョア反動芸術権威であり、スタシステムは、帝政ロシア時代に形成された文化麻酔政策の産物である。そして建国後の中国において、スタシステムは社会主義演劇理論という衣をまとい、ついには演劇界の「聖典」と化した。ソビエト修正主義がマルクス主義的であると讃える現代修正主義文芸理論の一つ、スタシステムを批判することは、プロレタリア演劇戦線における重要な任務である。

一、労農兵から出発するか、それとも「自己から出発」するか

スタシステムの中核は「自己」である。俳優はどのような役を演じるのであれ、常に自己から出発しなければならない。自己とはすなわちスタニスラフスキーが代表する搾取階級の内面的世界であり、これは徹頭徹尾ブルジョア階級を賞賛する反マルクス主義的観点である。階級社会においては、抽象的な、階級を超越した個人というものはなく、また抽象的な、階級を超越した文学芸術というものもない。スタシステムの言う自己=個人は、プロレタリア階級の革命演劇とは相容れないものである。

ブルジョア階級の知識人が「自己から出発」して、労農兵を演じられるか?それは不可能である。たとえ労農兵出身の俳優であっても、必ずやそれを演じるための再教育を受けなければならない。俳優がこれら人物形象の演じ方を探索する過程は、英雄的人物を理解し、学び、賞賛し、さらに自己の世界観を改造するプロセスなのである。

スタニスラフスキーの「自己から出発する」という理論は、反革命分子胡風の「自己の拡張」と同様、ブルジョア階級および搾取階級の極端に利己主義的な生活目標の表れである。文芸工作者は「自己から出発する」という反動的な文芸観を徹底的に放棄すべきだ。革命様板戯が偉大な労農兵の英雄を表現し、造形し、賛美することが、そのまま反動的自己表現に対する強い批判となるのである。

二、階級論か、それとも「種子論」か?

ブルジョア階級の最大の虚偽は、彼らの醜悪な世界観が全人類共通のものだと言い張ることであり、スタシステムもこの考え方を基盤としている。スタシステムは、すべての人間の精神には善と悪の「種子」があり、俳優のもっとも重要な任務は、登場人物の中に自分の精神と相通ずる種子を発見し、それを育てていくことにほかならない、と主張する。この「種子論」はブルジョア階級の人間性論であり、マルクスレーニン主義の階級論とは正反対の立場に立っている。マルクスレーニン主義は、階級の存在と階級闘争は階級社会のあらゆる現象の根源であると考える。プロレタリア階級は恐れることなく自己の意識形態が階級性、政党性を持つことを言明できるのだ。江青同志が率いる革命文芸工作者達が創作した様板戯は、超階級的「人間性論」に対する最も具体的かつ強力な批判である。

スタシステムはさらに、善玉を演じるときはその欠点を探し、悪玉を演じるときはその長所を探すべきだと主張する。であるなら、鳩山や座山雕のような悪玉に善良な一面を見出さなければいけないのか。また李玉和や楊子栄などの英雄人物から悪いところを探さなければならないというのか。これでは搾取制度を賞賛する体系と言わざるを得ない。様板戯のなかの崇高で輝きに満ちたプロレタリア階級の英雄人物の形象、および醜悪で矮小な反革命分子の形象は、すべて「種子論」に対する強力な批判なのである。

三、意識的な宣伝か、「無意識の創作」か?

二十世紀ブルジョア階級の思想文化領域における没落は、「人間性論」を推奨したことだけではなく、さらに反理性的「無意識」を露骨に宣揚したところに典型的に現れている。無意識学説は、人間の活動は動物の生理的な本能の現われだと考えるが、これを発明したのは最も下卑た、最も反動的なフロイト心理学であった。スタニスラフスキーは、無意識的創作を如何に自然に惹起するかが、システム全体の真髄であると書いている。彼に言わせれば、「理性は無味乾燥なものである」。科学的理性を否定し、ヒステリックな無意識を強調するこの演技論は、飽食に明け暮れるブルジョア階級の、官能を追い求め、さまざまな方法で社会の真実と階級闘争とを否定し覆い隠そうとする寄生虫的生活の要求を、十分に満足させようとするものである。

ブルジョア革命は当初理性を標榜していたが、やがては理性に反対し、理性を恨むようになった。ブルジョア階級の文化芸術は、これにしたがってリアリズムから神秘主義、印象主義、さらには各種前衛芸術の袋小路にはまり込んだのである。自己から出発し、二面性を持った種子を培養し、無意識的な創作に到達するという公式によって組み立てられた「システム」は、一種の「理性」といえなくはない。しかしながら彼自身はこの自分の財産を無味乾燥とは言わないばかりか、「このシステムはすべての民族によって活用可能である」と豪語している。しかしプロレタリア階級と革命人民からすれば、これこそ徹底的に無味乾燥なものであり、スタニスラフスキーの言う「無意識的創作」は、人を騙す戯言である。各階級の文芸領域内での各種表現は、従来からすべて明確な政治的目的を持っており、すべて意識的な政治宣伝であって、決して「無意識的な創作」など存在しないのである。

四、文化戦線におけるプロレタリア階級専政を強化する

文化領域におけるブルジョア階級の専政は、必ずや政治経済レベルでの資本主義の全面的復興を招来する。それゆえ、プロレタリア階級が政権を奪取した後、たとえすでに生産手段所有制に対して社会主義的改造を加えていたとしても、もし文化大革命を実行しないならば、最後には文化領域における主導権はおろか、プロレタリア階級および労働人民すべての生存権をも失うことになるのである。我々が毛沢東思想の偉大なる赤旗を永遠に掲げるためにも、演劇およびすべての文化領域において革命を徹底させ、毛主席のプロレタリア階級文芸路線、および様板戯を代表とするプロレタリア革命新文芸に、文芸の領域においてその陣地を恒久的に占領させなければならないのである。

3、スタニスラフスキーシステム批判の意味

以上が1969年に『紅旗』誌上に発表されたスタシステム批判の骨子である。文革開始後三年を経てのスタシステム批判の出現にはいささか唐突な印象があるが、この当時は珍宝島事件を発端として中ソ間の緊張関係が戦争勃発寸前にまで高まっていた時期であり、こうした時代背景もおそらくは批判出現の大きな要因となっていただろう。またソビエト修正主義批判は本来文化大革命の主要目的の一つであって、そのソビエトとの対立が深まった以上、反修正主義文化の代表である様板戯と対照をなす形でスタシステムが批判されるのは、自然な成り行きであったと思われる。

こうした脈絡を考えると、『紅旗』誌上のスタシステム批判は、文革期に書かれた文章の多くがそうだったように、ことの起こりからして正に批判を前提とした批判であったといってよいだろう。事実スタニスラフスキーやフロイトに対する一方的断罪、あるいは個人や自己についての言及を単純に利己主義と置き換えたり、無意識を動物の生理的本能の現れと解釈したりするなど、文中は難癖同然の乱暴な理屈に満ちており、正当に取り扱う価値の無い議論が大半を占めていることは否定できない。

とはいえ、第三章で述べられているように、自己から出発し、二面性を持った種子を培養しつつ、さらに無意識的な創造に到達する、というスタシステムの一連の公式を真っ向から否定する点において、批判の論旨が一貫しているのは確かである。翻って彼らがどのような前提の下に英雄人物の形象を作り出そうとしているか、その原理は極めて明瞭に言語化されているといっていいだろう。

俳優は自らの個人的記憶と演じられる登場人物の持つ善悪の種子とを練り合わせ、無意識の創造過程を経て舞台上の人物形象を創り出していく、というのがスタシステムの描く演技の基本的な設計図であった。一方でスタシステム批判は、人物形象の創造プロセスから自己、種子、無意識といったいわゆるブルジョア的な不確定要素を一切排除し、俳優個人の経験や創造性の入り込む余地のない公式化された人物形象しか原理的に認めていない。舞台上に存在を許されるのは、階級の絶対性と意識的政治宣伝のみを根拠とし、隅々まで革命的理論によって制御された「崇高で輝きに満ちたプロレタリア階級の英雄人物」だけなのである。

スタシステム批判は、ソビエトとの対立激化を時代背景としつつ、「様板戯を代表とするプロレタリア革命新文芸」が「演劇およびすべての文化領域において革命を徹底」させるために生まれた、先鋭的かつ極端な演技論だったといえるだろう。

まとめ

ここまでスタシステム批判の要旨、およびそれが提出した原理的な意味を一通り眺めてきた。スタシステム批判が攻撃の対象とした自己や個人、普遍的人間あるいは無意識といった概念は(最後の無意識のみ少し範疇が異なるが)、すべて西洋近代が作り出した「人間」概念の根幹をなすものである。これら諸概念は、中間人物論批判、三突出理論など、既存の文芸理論においても部分的に否定され、各種芸術への浸透を封じられてきた。その点からすれば後発のスタシステム批判も、こうした文芸理論の一バリエーションに過ぎないと言えなくはない。

しかしながら従来の文芸理論は、演劇を含む文学芸術全般を対象としており、演劇にのみ特化されたものではなかった。一方のスタシステム批判は直接に演劇、しかも演技術のレベルを標的とし、俳優が人物形象を創造するプロセスから上述の「人間」概念を一律に排除することを目指している。結果、スタシステムとは対照的な位置に身を置く様板戯の舞台には、我々が通常考える近代的「人間」は原理上誰一人として存在しえなくなった。様板戯では数多くの闘争、戦闘場面が描かれるが、そこに厳密な意味における内面的葛藤は存在せず、最終的にすべては定められた公式に則って進んでゆく。冒頭で述べた「神々しくもまた著しく内面的奥行きを欠いた一連の英雄人物」の形象は、その組成の中にこのような原理を組み込んでいるのである。

スタシステム批判はそれまでの文芸理論の論点を引き継ぎつつ、それを俳優の演技のレベルで明確に言語化した、一種の総括的言説といえるだろう。とはいえ当時の中国の劇界、特に伝統演劇の世界において、このスタシステム批判がどの程度理解され、また厳密に履行されていたか、現時点では定かではない。すでに創作されていた様板戯の上演に、後発のスタシステム批判がどの程度影響を及ぼしていたかという点についてもまた検証を必要とするだろう。1967年5月の『文芸講話』二十五周年に際して一連の様板戯が確定した後も、その改編が引き続き行われていた事情を考えれば*5 、そのプロセスにスタシステム批判が影を落としている可能性はあると考えられるが、この点は今後の課題として取り組んでいきたい。

主要参考文献

  • 関浩志
    • 2001「歌劇『白毛女』の創作と変遷――版本の系譜と改作意図を中心に――」、『東アジア地域研究』第8号
    • 2002「歌劇『白毛女』の版本についての一考察――1962年改作脚本を中心に」、『中国文化』第60号
  • 瀬戸宏
    • 2002『中国演劇の二十世紀』東方書店
  • 竹内実(編著)
    • 1990『岩波講座現代中国第5巻 文学芸術の新潮流』岩波書店
  • 牧陽一、松浦恒雄、川田進
    • 2002『中国のプロパガンダ芸術』岩波書店
  • 山田善靖(編)
    • 1976『久保栄演技論講義』三一書房
  • 吉田富夫
    • 2004「『紅灯記』移植と文化大革命」、『アジア遊学 特集文化大革命再検討』勉誠出版
  • 吉田富夫、萩野脩二(編著)
    • 1994『原点中国現代史第5巻 思想・文学』岩波書店
  • 劉文兵
    • 2003「集団ヒステリーの身体表象 文革期中国のプロパガンダ演劇とその映画化」、『表象文化研究2』東京大学大学院総合文化研究会超域文化科学専攻表象文化論
  • 戴嘉枋
    • 1995『样板戏的风风雨雨:江青样板戏及内幕知识出版社
  • 高义龙、李晓
    • 1999『中国戏曲现代戏史上海文化出版社
  • 马俊山
    • 2003「论斯坦尼体系对中国话剧现实主义的演剧体系的影响」、『大戏剧论坛第一期北京广播学院出版社
  • ダンチェンコ,ニェミロビッチ
    • 1953『モスクワ芸術座の回想』早川書房
  • バーカー,フランシス
    • 1997『振動する身体――私的ブルジョア主体の誕生』ありな書房
  • ベネディティ,ジーン
    • 1997『スタニスラフスキー伝 1863-1938』晶文社
    • 2001『演技――創造の実際 スタニスラフスキーと俳優』晩成書房
  • 『紅旗』については、オリジナルの雑誌原本、および『紅旗・求是雑誌電子版合訂本(1958-1995)』(紅旗出版社)を参照した。

  • 2004年8月4日に開催された京劇史研究会例会(会場:大阪市立大学)および2004年9月1日に開催された中国都市芸能研究会例会(会場:北京大学)において、各会構成員の方々から小論に関する貴重なご意見をいただいた。この場を借りて御礼申し上げたい。ただし言うまでもなく、小論の至らないところはすべて筆者の責任に帰すものである。
  • 本研究は、2003-2004年度科学研究費補助金萌芽研究「革命現代京劇における人物形象とその身体」(課題番号15652011)の研究成果の一部である。

*1 小論は本来、様板戯の中の革命現代京劇を論究の対象とし、両者を別のカテゴリーとして扱っているが、文脈によって特に問題が生じない場合は、様板戯という総称も並行して使用している。
*2 関(2001,2002)および吉田(2004)は、それぞれ『白毛女』、『紅灯記』の台本の変遷を、複数の版本を追跡調査しつつ論じている。
*3 瀬戸(2000,183頁および192頁)に、批判開始から名誉回復に至るまでの若干の言及がある。
*4 各章のタイトルのうち「序文」、および以下四章のタイトルにつけられた数字は、便宜上筆者が書き加えたものである。
*5 たとえば先述の吉田(2004)は、1964年、1967年、1970年の『紅灯記』の台本を比較し、文革開始を挟んだ前二者の間には変化が無いのに、1970年の台本では英雄人物達の輪郭がさらに明確なものになっていると指摘している。