北京プロジェクトⅠ成果報告/前言

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前言

岡崎由美

本書は、1997 年度~1999 年度文部省科学研究費補助金(基盤研究(C)・課題番号 09610462) 及び1997 年度~1998 年度早稲田大学特定課題研究助成費(共同研究・課題番号97B-002)に よる研究プロジェクト「近代中国都市芸能に関する基礎的研究」の成果を、論文集という形で 刊行したものである。

ここ二十年ほどの間に、中国では各地で「村おこし」の意味合いも含めて、地元の伝統芸能 の再興や活性化が盛んに行われてきた。民間信仰や地域社会の習俗を豊富に残していると見ら れる芸能は内外の注目を集め、いわゆる「農村の宗教祭祀演劇」は、文化人類学、民俗学、社 会学など多方面のフィールド・ワークを喚起した。土着の祭祀儀礼とプリミティブな形態の芸 能との接点から、中国固有の演劇芸能の生成、位置づけ、あるいは本質的な起源を解明しよう とするこれらの研究活動は、少なからぬ成果をあげつつあるが、その一方で、都市部における 伝統芸能のより詳細な観察分析や農村と都市部の芸能流通の実態については、十分であるとは 言い難い。そもそも、「農村の宗教祭祀演劇と都市の商業娯楽演劇」というように二分化して 考えられるものだろうか。

京劇にしても、すでに大量の研究、評論、芸談が蓄積されているものの、その立脚点は往々 にして「現に存在する古典総合芸術」という前提が強く感じられるが、それでは「古典総合芸 術」という認識が、いつ、どこから、どのようにして、中国社会の大勢に浸透してきたのか。 そうした芸能に対する中国社会の認識自体についても、芸能の生成、流布、消滅の流動的諸相 を見る上で、閑却してはならないものだろう。また、都市部では特に新しいメディアの広がり によって、伝統芸能が衰退に追い込まれ、新中国成立以前の芸能関係者が老齢に達する状況と 相俟って、往時の芸能の様態を聞き取り調査することが急務となっている。

そうした問題意識を持った二・三十代の若手研究者を中心として、文学、言語学、歴史学、 演劇学、宗教学、社会学、民俗学、文化人類学などそれぞれの専門に基づき、中国の都市部に おける芸能の流布状況を調査分析しようと1996 年に組織したのが、中国都市芸能研究会であ る。今回のプロジェクトは、中国都市芸能研究会の研究意欲と活動力を基盤として立ち上がっ たもので、過去三年間に亙るプロジェクトの研究成果は、ひとえに本研究会の活発なフィール ドワークによる。

プロジェクトでは、まず皮影戯と京劇を主な研究対象とし、芸能関係者、研究者への詳細 な聞き取り調査を行った。若さと行動力を生かして、毎年平均二回、一ヶ月ほどの中国滞在で フィールドワークや文献調査を行い、さらにその成果は帰国後の合宿で検討した。また月に一 度の例会で各人が研究発表を行い、個々の研究を進展させると共に、研究プロジェクト全体の テーマへと体系化されていった。それは、(1) 芸能と物語の流通、(2) 多様な格差が存在した 都市における文化交流、(3) 近代における社会の変容とそれに相関した芸能の変化の抽出で あった。日常的にも、メーリングリストによって、一日も欠かさず行われてきた活発な討論が、 研究会の熱意を物語っているだろう。

なお、本プロジェクトの研究成果の一部は、電子媒体においても発表を行う。今回のプロジェ クトは本書を以て一旦締め括るが、中国都市芸能研究会はすでに北方の調査と並行して、江南 地方における調査を進めており、今後も研究活動は継続して行われる。本研究会のさらなる研 究の進展を期待したい。