『都市芸研』第四輯/調査日程 の変更点

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*2005年夏期調査の日程 [#z7a1fc7b]

RIGHT:氷上 正

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*はじめに [#x19d56b2]

今次の現地調査は、陝西省関中地域および陝南地域の皮影戯調査に主眼を置き、北京における研究者との交流、道教の聖地であり宗教文化面で大きな影響力を持った武当山の調査などを分担して実施した。

調査本隊は上海を経由して西安へと飛んだが、到着40分ほど前から、進行方向左手に分厚く巨大な黒い雲海が夕闇に融け込んで広がり、その中で竜のように舞い踊る幾多の青白い稲妻を、機内から間近に見られた。その雲が陝南地域に一週間以上にもおよぶ記録的大雨をもたらし、漢水流域に大きな被害をもたらしていたことを、しばらく後に我々は目の当たりにすることになった。とはいえ、我々の調査自体は、悪天候の合間を突く形となり、幸いにして滞りなく実施することができた。

#ref(d1.jpg,,漢水)

今次の調査は、2005年8月に二次にわたって実施された。第一次は二階堂が単独で武当山の道教施設を調査した。第二次は本隊であり、陝西省関中地域と陝南地域の皮影戯を調査した後、二手に分かれ、それぞれ北京・武当山に向かった。主目的である皮影戯の調査手配は、前回に引き続き陝西省民間芸術劇院の楊飛・李淑文夫妻にお願いするとともに、調査にもご同行いただいた。

*日程 [#t7a8863f]

**第一次調査 [#t332eb1e]
|8.8|二階堂|関西空港より飛行機で、上海経由で襄樊に移動。襄樊泊|
|9|~|バスで武当山に移動。武当山(南岩)泊|
|10|~|武当山にて道教施設調査|
|11|~|バスで襄樊に移動。襄樊泊|
|12|~|飛行機で上海に移動。上海泊|
|13|~|帰国|

#ref(d2.jpg,,武当山天柱峰)

**第二次調査 [#q1eeb305]
|8.17|氷上・千田・山下|成田空港より上海経由で西安に移動|
|~|仲|関西空港より上海経由で西安に移動|
|~|戸部|北京より西安に移動|
|18||午前:楊飛・李淑文夫妻との打ち合わせ、各種手配|
|~|~|午後:易俗社にて皮影戯・秦腔関連映像資料の購入、西安市内見学。西安泊|
|~|~|※西安は雨交じりで、夜間の気温は20度を下回る。|
|19||陝西省渭南市大茘県沙底村にて碗碗腔皮影戯調査。楊飛・李淑文両氏同行。西安泊|

#ref(d3.jpg,,大茘県沙底村)

|20||午前:西安市内見学|
|~|~|午後:列車で安康に移動。楊飛氏同行。安康泊|
|21||午前・午後:漢陰県にて漢調二黄皮影戯調査。両合崖観音閣の道教寺院見学|
|~|~|夜:安康市漢浜区近郊にて道情皮影戯調査。安康泊|
|22||終日:安康市洵陽県にて道情皮影戯調査。安康泊|
|~|~|※安康への帰途、崖崩れのため二時間ほど足止め。|

#ref(d4.jpg,,両合崖観音閣)
#ref(d5.jpg,,両合崖観音閣)
#ref(d6.jpg,,洵陽ー安康間の崖崩れ)

|23|A班(氷上・仲)|終日:列車で西安に移動。西安泊|
|~|B班(千田・山下・戸部)|終日:車で武当山に移動。武当山(老営)泊|
|~|~|※漢水沿いの道は、至る所で小規模な崖崩れ。|
|24|A班|終日:飛行機で北京に移動。北京泊|
|~|B班|午前:武当山山上に移動|
|~|~|午後:道教寺院調査。武当山(南岩)泊|
|~|~|※登山道は各所で崖崩れ。紫宵宮より上は通行止めのため、徒歩を強いられる。|
|25|A班|中国国家図書館にて資料調査。北京泊|
|~|B班|午前:道教寺院調査|
|~|~|午後:車で襄樊に移動。古隆中・襄陽旧城見学。襄樊泊|

#ref(d7.jpg,,武当山遇真宮。2003年に焼失。中庭は池と化していた。)
#ref(d8.jpg,,武当山南岩宮)
#ref(d9.jpg,,襄樊古隆中)
#ref(d10.jpg,,襄陽臨漢門)

|26|A班|中国芸術研究院にて資料調査。北京泊|
|~|B班|午前:列車で武漢に移動|
|~| 戸部|午後:飛行機で北京に移動。調査活動終了|
|~| 千田・山下|午後:飛行機で上海に移動。上海泊|
|27|氷上|中国芸術研究院にて資料調査。北京泊|
|~|仲|帰国|
|~|B班|終日:上海にて文献資料・映像資料収集。上海泊|
|28|氷上|中国国家図書館にて資料調査。北京泊|
|~|B班|午前:上海にて文献資料・映像資料収集|
|~|~|午後:帰国|
|29|氷上|午後:帰国|

>*本稿は、日本学術振興会科学研究費・基盤研究B「近現代華北地域における伝統芸能文化の総合的研究」(2005年度、課題番号:17320059、研究代表者:氷上正)による成果の一部である。