007

『荘嶽委談』に言う。


およそ伝奇は「戯文」と称するからには、何れにせよ戯れの文なのである。内容は荒唐無稽で事実無根でなくてはならないし、名前はまたひっくり返って空疎でなくてはならない。逆に事実に合わせようとすると、「戯」ではなくなってしまうのである。故に、曲に習熟しようとして反対に(硬ということで)「」と名付け、婦女は夜が好ましいので反対に(日の出と言う意味の)「」と名付け、芝居のはじめに登場するということで反対に「」と名付け、塗りたくってきれいではないということから反対に「?」と名付ける。これら皆、名前をひっくり返したものである。中郎将の蔡邕が耳順の歳に董卓に婿入りさせられる*1、相国が交わりを絶って崔鶯鶯を娶る*2、荊釵を用いた詭計によって夫とする*3、『香囊記』に登場する張九成の架空の弟、これらはすべて、その事実からは大きくかけ離れているのである。話を荒唐無稽なものにしたということである。ところが近頃の伝奇は立派な歴史家のようであり、古えの趣は薄れてしまっている。かつてはは無かった。は副?副末といった。
また言う。
今、役者たちを「子弟」と呼び、おおよそ八人をひとまとまりとしている。(戯文の)?・副もまた同様である。元の院本では五人だけであり、そのため「五花」云々と称する演目がある。一人は副?で、かつての参軍である。また一人は副末で、古えの名は蒼鶻で、群鳥を撃つことが出来るのが、副末が副?をどつくことが出来るのと同じだからである。一人は末泥、さらに一人は装である。いわゆるは無く、おそらく院本と雑劇とは違うものなのであろう。また、元雑劇のには幾つかの役回りがある。「装」というものは、正のことである。「小」は、今の副である。墨で点じて、ことさらにその顔をこわすものを「花」という。これは、今では?しか行わない。

(山下)

*1 琵琶記』を指す。
*2 西廂記』を指す。
*3 『荊釵記』を指す。

リロード   新規 編集 差分 添付 複製 改名   トップ 一覧 検索 最終更新 バックアップ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2016-08-19 (金) 16:30:42 (1157d)