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『彙苑詳注』に言う。


曲は、詞の変化したものである。金、元で用いられた北曲では、緩急のリズムに、詞のメロディーをのせることができなかった。そこでメロディーを変えて新たな音楽とし、それに取り入ったのである。貫雲石馬致遠といった人々は、みな才気に富んでおり、音律も得意だったので、一時代の頂点に立った。しかし、長江より北では、しだいに北方の言葉に染まり、しばしばそれを取り入れたので、沈約の言う四声は、その一つを欠くことになった。江南の士大夫に、顧曲の周郎と呼ぶべき人物は尽きてはおらず、また書生*1たちの中にも、弁撾の王応に比すべき人材はわずかながらいた。そのためしだいにまた新たな形式に変わった。それを「南曲」と言い、高明の『琵琶記』が一世を風靡した。おおよそ、北曲は力強く身に迫り雄大壮麗なることを旨とし、南曲は清らにそそり立ち、温柔にして深遠なることを旨とする。作詞は才気に基づきながらも、できる限り音律に従わなくてはならない。喩えていえば、同じ禅の教えが頓悟と漸悟とに分かれ、同じ朝臣であっても、文と武で科挙が異なるようなものである。今、曲を論ずるものは、往々にして、北曲南曲をないまぜにして取り上げるが、まったくおかしなことである。

(川)

*1 原文「蓬掖」。「逢掖」に同じ。

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Last-modified: 2016-08-19 (金) 16:30:39 (1040d)