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客座贅語』に言う。


万暦以前には、官僚や郷紳、富豪たちは、およそ宴会や小さな集まりがあれば、多くは民間の劇団を用い、あるものは三四人、あるものは大人数で、北曲の組曲を歌わせた。もし大きな宴席となれば、教坊の劇団を使って、院本、すなわち北曲の四つの組曲を演じさせた。その間には「撮墊圈」、「観音舞」、「百丈旗」、「跳墜子」などの曲芸軽業をはさんだ。後にはみな南曲を用いるようになった。歌い手は、小さな拍板だけを用いる。扇子でその代用をすることもあり、鼓板を用いるものもいる。今では江南では、それに洞簫月琴を加え、ますます物悲しいものになっており、聞くものは涙をこぼさんばかりになる。大きな宴会では南戯を用いる。南戯ははじめただ二つの声腔、(「海塩」、「弋陽」があるだけであったが、後には「四平」があらわれた。近頃はまた「崑山腔」があらわれたが、)「海塩」よりも更に清らかで温柔、情緒纏綿たるものである。


(川)

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Last-modified: 2016-08-19 (金) 16:30:38 (1157d)