041

周挺齋「論曲」にいう。

(趙孟頫は言っている。)「良家の子弟が扮して演ずる雑劇を『行家生活(くろうとのしごと)』といい、役者が扮するものを『戻家把戯(しろうとのめくらまし)*1』という。おそらく、雑劇は鴻儒や碩学、詩人墨客の作で、(登場するのは)みな良家のものであるからであろう。かの役者どもにどうしてそれが演じられようか。」だから関漢卿は「かの役者どものやる劇は『当行本事(ほんしょくのしごと)』やら『我家生活(われらのしごと)』やらではない。あれは奴隸の苦役で、笑いや慰めを提供し、我らに奉っているのに過ぎない。それにひきかえ、良家の子弟の演ずるものこそが、われら文人仲間の風流である。」と言っているのである。戯れの言葉だが、はなはだ理にかなっている。

またいう。

院本の中には俳優の作詞したものがあり、名付けて「緑巾詞」という。傑作はあるのだが、(文人の作った)戯曲と並び称することはできない。黄幡綽、鏡新磨雷海青らは、みないにしえの名優であるが、音楽の名前で呼ばれるばかりで、本名は世に知られていない。今、趙明鏡は訛って趙文敬と、張酷貧は訛って張国賓と伝わっているが、いずれも誤りである。

(千田)

*1 宋元代、素人のことを「戻家」と称した。宋耐得翁『都城紀勝』「四司六局」に「常諺曰:燒香點茶,掛畫插花,四般閑事,不許戾家。(ことわざにいわく、焼香・点茶・軸物・生花、四つのたしなみは、素人ではいかぬ。)」と見える。

リロード   新規 編集 差分 添付 複製 改名   トップ 一覧 検索 最終更新 バックアップ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2016-08-19 (金) 16:30:37 (1033d)