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元曲では、正旦正末のみが唱い、他は唱わない。正旦正末となるものは、決まって義士、貞婦、忠臣、孝子であって、他の小人や俗人ではいけない。私が思うに、八股文に(古典に見える古えの人の)口ぶり*1を取り入れ、その人に替わって説を論ずるという作法は、実は戯曲と同じである。陽虎や王驩等の口ぶりの八股文は決して作らない方がよいし、その口ぶりによるのもよくない。私は近頃の人々がこの種の八股文を作るのを見るにつけ、その人物が「装」や「邦老」(のような悪役)になり、甚だしきは誹謗中傷やけんかを助長し、猿真似であることを上手としている。まったく元曲の体例に見習うべきであろう。

(山下)

*1 原文は「口氣」。銭鍾書『談芸録』所収「八股文通於戯曲」に以下のようにある。「八股文と雑劇・伝奇は相通ずる。八股文は、昔は『代言』と称したが、これは八股文が四書五経に依拠して、古えの人の考えや口振りを詮索して書く方法について言っているのである。『代言』とはすなわち、古えの人に替わって話をすることである。…略…袁枚はかつて八股は曲に通ずるといい、また焦循も八股文と元雑劇を比べ、元雑劇は悪人に曲を唱わせないので、八股文も悪人に替わって話をするべきではないとした。明清には八股文が盛行したので、研究し述作に携わった者は多かったが、中でも論説が最も明解なのは明の倪元璐である。かれは、元雑劇と八股文とは双児であると見なし、『眉・目・鼻・耳、すべてそっくりである』としている。また非常に意味があると思われるのは、科挙に合格した二人の人物の体験談で、ともに自分が合格できたのは、『牡丹亭』と『西廂記』を熟読し、人の代わりに話をすることの本領を習得したことによるのだというものである。(八股文與雜劇傳奇相通。八股文古稱「代言」,是就它依據四書五經,揣摹古人思想口吻寫作的一種方法而說的,「代言」者,即代替古人說話。…略…袁枚曾說八股通曲,焦循也將八股文與元劇比附,認為元劇不讓壞人唱曲,八股文也該不代壞人說話。明清兩代盛行八股文,所以研治者也多,但是論說最為透徹的是明倪元璐,他將元劇與八股文看作雙胞胎,「眉目鼻耳,色色相肖」。最耐人尋味的是例舉兩位應試者成功的經驗之談,都說自己所以能考中,有賴於熟讀過《牡丹亭》、《西廂記》的緣故,學會了代人說話的本領。)」

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Last-modified: 2016-08-19 (金) 16:30:36 (1040d)