060

『清波雑志』に言う。

宣和年間(1119~1125)、宮中の楽部*1 の焦徳という者はお笑いによって厚遇され、時にそれにかこつけて諷刺し、諌めることがあった。蔡京が屋敷の隣に西園を造るのに民家を数百軒壊した。ある日、蔡京が西園にいる時、振り返って焦徳に尋ねた。「西園は東園と比べてどうか。」焦徳が答えて言うには、「東園はよい樹木がうっそうと繁り、望めばまるで雲のようです。西園は人々が去っていき、流す涙は雨のようです。『東園雲の如く、西園雨の如し』と言えるでしょう。」この言葉が陛下のお耳に入り、蔡京は罪に問われた。

(池田)

*1 原文「鈞天樂部」。これは組織名としては史書に見えない。「鈞天楽」は「天上の音楽」を意味するので、ここでは「鈞天」は宮廷を指すものと解する。

リロード   新規 編集 差分 添付 複製 改名   トップ 一覧 検索 最終更新 バックアップ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2016-08-19 (金) 16:30:35 (1157d)