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鍾嗣成は『録鬼簿』を著すにあたり、董解元を最初に置いて、

創始者であるので、諸々の作家の初めに置く。

といっている。また、

胡正臣は杭州の人。董解元の『西廂記』を、冒頭の「吾皇徳化」から終りまで、すべて歌うことが出来た。

ともある。

筆談』にいう。

董解元の『西廂記』(を演ずるの)を、以前盧兵部の所で見たことがある。一人が琴を奏で*1、数十人が一緒に座り、様々な役がらに分かれて順番に歌った。これを「磨唱」と言う。盧氏の盛大な歌舞はここで一回見た後、継ぐものがいなかった。趙長白が「一人が唱うものである」と言っているのは、間違いである。

思うに、今の「馬上戳」はこれに基づくのだろう。

(山下)

*1 原文「援絃」。「援」は引くという意味で、琴を演奏する動作をいう。

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Last-modified: 2016-08-19 (金) 16:30:34 (1031d)