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卓珂月に『新西廂』があり、その自序に言う。

崔鴬鴬の物語は悲によって終わり、また霍小玉の物語は死によって終わる。伝奇小説の中にはこのようなものが数え切れないほどあるというのに、どうして王実甫(の『西廂記』)や湯顕祖(の『紫釵記』)は戯曲の(大団円で終わるという)旧套から抜け出すことができなかったのであろうか。わたしはそれらの伝奇小説を読むと憂い悲しんで脱俗の思いを抱くのだが、それらの戯曲を読むと流されて俗世間的な気持ちが起こる。それが(政治への評価を歌に託したという、『詩経』の)「風」といえるものであるかどうかは、推して知るべしである。『紫釵記』はまだ伝奇小説と(物語が)合致しており、異なっているのは(霍小玉が)蘇る一段だけで、なおも原作の意図を残している。『西廂記』は伝奇小説と全く合っていない。王実甫の作はまだ原作の意図を残しているものの、関漢卿の続編に至っては、本来の意図が全く失われている。そこでわたしはさらに『新西廂』を作ったのである。構成はすべて『会真記』に基づき、これに崔鄭の墓誌銘を合わせ、また元稹の年譜を参考にした。董解元、王実甫、陸采、李日華の諸家と争うつもりはなく、また諸家の作を隻言片句たりとも踏襲せず、これを声に出せば(言辞は)飾らず、これを聞けば感嘆することであろう。そもそも、(『鴬鴬伝』の)崔鴬鴬の言葉に「よこしまな道から始まったのですから、最後は捨てられても、もともと仕方のないことです。」とあり、また元稹の言葉に「絶世の美女は、わが身に災厄をもたらさなければ、必ず他人に災厄を及ぼすものだ。」とある。この二つの言葉を合わせれば、伝奇小説(の意図)を覆い包むことができる。

(山下)

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Last-modified: 2016-08-19 (金) 16:30:34 (1157d)