[[005]]

『輟耕録』に言う。

>
唐に「伝奇」があり、宋に「戯曲」、「[[唱諢]]」、「詞説」がある。金には「[[院本]]」、「雑劇」があるが、その実体は一つである。我が元朝の「[[院本]]」、「雑劇」になってはじめて姿も整い二つに分かれた。「[[院本]]」の演じ手は五人。一人は「副[[浄]]」、古くは「参軍」と称された。一人は「[[副末]]」、古くは「[[蒼鶻]]」と称された。ハヤブサはほかの小鳥を捕まえるのがうまいが、[[末]]は「副[[浄]]」をどつくことができるので、こう称されたのである。一人は「引戯」といい、一人は「[[末泥]]」といい、一人は「孤装」という。そこで[[院本]]を「[[五花爨弄]]」という。一説には、「宋の徽宗は[[爨]]国の人が来朝したのを見て、その衣装、はきもの、頭巾、化粧に動作の様子を[[優人]]にまねさせ、それを芝居に仕立てた」という。また「焔段」というのも、「[[院本]]」の意味であるがやや簡略なものである。炎が燃え上がりやすく、消えやすいことにちなむ。五人のうち「副[[浄]]」には、しゃべり、朗唱、とんぼ、しぐさの芸がある。[[教坊]]の[[色長]]の魏、武、劉の三人はそれらを新たに集め、まとめた。魏はせりふ回しに長じ、武はとんぼに長じ、劉はしぐさに長じていた。今でも、役者たちはこの者たちを開祖として尊んでいる。


RIGHT:(川)

リロード   新規 編集 差分 添付 複製 改名   トップ 一覧 検索 最終更新 バックアップ   ヘルプ   最終更新のRSS