[[035]]

『[[客座贅語]]』に言う。

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万暦以前には、官僚や郷紳、富豪たちは、およそ宴会や小さな集まりがあれば、多くは民間の劇団を用い、あるものは三四人、あるものは大人数で、[[北曲]]の組曲を歌わせた。もし大きな宴席となれば、[[教坊]]の劇団を使って、[[院本]]、すなわち[[北曲]]の四つの組曲を演じさせた。その間には「[[撮墊圈]]」、「観音舞」、「[[百丈旗]]」、「[[跳墜子]]」などの曲芸軽業をはさんだ。後にはみな[[南曲]]を用いるようになった。歌い手は、小さな[[拍板]]だけを用いる。扇子でその代用をすることもあり、[[鼓板]]を用いるものもいる。今では江南では、それに[[洞簫]]や[[月琴]]を加え、ますます物悲しいものになっており、聞くものは涙をこぼさんばかりになる。大きな宴会では南戯を用いる。南戯ははじめただ二つの声腔、(「海塩」、「[[弋陽]]」があるだけであったが、後には「[[四平]]」があらわれた。近頃はまた「[[崑山]]腔」があらわれたが、)「海塩」よりも更に清らかで温柔、情緒纏綿たるものである。

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万暦以前には、官僚や郷紳、富豪たちは、およそ宴会や小さな集まりがあれば、多くは民間の劇団を用い、あるものは三四人、あるものは大人数で、[[北曲]]の組曲を歌わせた。もし大きな宴席となれば、[[教坊]]の劇団を使って、[[院本]]、すなわち[[北曲]]の四つの組曲を演じさせた。その間には「[[撮墊圈]]」、「観音舞」、「[[百丈旗]]」、「[[跳墜子]]」などの曲芸軽業をはさんだ。後にはみな[[南曲]]を用いるようになった。歌い手は、小さな[[拍板]]だけを用いる。扇子でその代用をすることもあり、[[鼓板]]を用いるものもいる。今では江南では、それに[[洞簫]]や[[月琴]]を加え、ますます物悲しいものになっており、聞くものは涙をこぼさんばかりになる。大きな宴会では南戯を用いる。南戯ははじめただ二つの声腔、(「海塩」、「[[弋陽]]」があるだけであったが、後には「[[四平]]」があらわれた。近頃はまた「[[崑山腔]]」があらわれたが、)「海塩」よりも更に清らかで温柔、情緒纏綿たるものである。


RIGHT:(川)

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