『説岳全伝』/15 の変更点

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*第十五回 [#n21b3f1f]

**金&ruby(ウジュ){兀朮};((&ruby(かんがん){完顔};&ruby(こつじゅつ){兀朮};即ち完顔宗弼。通俗文学中では、一般に金兀朮と称される。)) 兵を興して入寇し&br;陸子敬 計を設けて敵を&ruby(ふせ){御};ぐ [#rb492d82]


詩に曰く

>漁陽の鼙鼓((白居易「長恨歌」の故事。)) 動きて天を&ruby(とよも){喧};し&br;易水 蕭蕭として((『史記』刺客列伝の故事。)) 星斗寒し&br;金戈 鉄騎 蕃漢に連なり&br;煙塵((土ぼこり。転じて、叛乱、戦争を指す。)) &ruby(かかく){笳角};((芦笛と角笛。夷狄の軍楽を指す。)) 関山に満つ

さて、その人は一歩進み出ると、声高に叫んだ。

「兄弟たち、手を引きなさい。話しがある。」

かの四人はちょうど戦いたけなわのところ、突然その人が呼ぶのを聞いて、一斉に武器を収めてやってきた。

「もう少しで奴らを捕らえるところだったのに、兄貴はどうして我らを呼んだのですか。」

その人は岳飛を指さして

「こちらのお方が、梁王を突き伏せた岳飛殿だ。」

四人はそれを聞くと、一斉に馬から下りて岳飛に挨拶しに来た。岳飛も湯懐ら兄弟たちを呼び寄せて、そろって挨拶させた。戟の使い手に尋ねて

「方々のお名前をお聞かせください。」

その人

「それがし姓は施、名は全。この大刀を使う兄弟は趙雲、あの槍を使う兄弟は周青、叉を持っているのは梁興、狼牙棒を使うのは吉青という名です。我ら五人は義兄弟の契りをむすんだもの。武状元を奪いに来ましたが、はからずも兄上が梁王を突き伏せたために武科挙が中止になってしましました。我らは家に帰ろうにも、いかんせん懐が寂しく、思えば家に家族もおりませんので、兄上に投じようと考えました。紅羅山の麓まで来たところ、チンピラ山賊が道をふさいでいるの出くわし、我々に討ち取られましたが、手下どもが我々を主にと引き留めました。そこで、ここで些か金銀財宝を奪い、初対面の手土産にしようとしたのです。思いがけずこちらでお遇いできるとは、無礼の段、平にご容赦のほどを。」

岳飛は大いに喜んだ。施全らは急いで一同を山上に招くと、香机を置いて、そろって兄弟の契りを結んだ。それぞれ荷物をまとめ、岳飛に従って湯陰県に行き、住み着いた。一日中文を修め武を演じ、兵法戦法を論じたことはさておく。

さて、かの北方の地、女真国黄龍府に一人の総領狼主((通俗物語中での異民族の国王の称。))がおり、名を&ruby(ワンヤン-ウクダ){完顔烏骨達};((&ruby(かんがん){完顔};&ruby(あくだ){阿骨打};が訛したもの。))
、国号を大金と称した。五人の子があり、大太子を&ruby(ジャムハ){粘罕};((完顔&ruby(そうかん){宗翰};(&ruby(ジャムハ){粘沒喝};、宋人は粘罕と称した)。『金史』列伝によれば、國相撒改の長子で、阿骨打の子ではない。遼・南宋攻略の元帥として活躍。なお『金史』によれば、太祖の子は計十六人、宗幹、宗峻(景宣皇帝、繩果)、宗望(斡魯補、斡离不)、兀朮、烏烈の順である。))
、二太子を&ruby(ラッハ){喇罕};、三太子を&ruby(ダッハ){答罕};、四太子を兀朮、五太子を&ruby(ザッリ){沢利};((黄冀之『南燼紀聞』に、元帥(粘罕)の弟・繹利が見える。))
と言う。また左丞相の&ruby(ハリチャン){哈哩強};、軍師の&ruby(ハミチ){哈迷蚩};、参謀の&ruby(ウミシ){勿迷西};、大元帥の&ruby(ジャモフ){粘摩忽};、二元帥の&ruby(チャオモフ){皎摩忽};、三元帥の&ruby(キヤト-テムジン」){奇渥温鉄木真};、四元帥の&ruby(ウリブ){烏哩布};、五元帥の&ruby(ワリボ){瓦哩波};らがあった。六国三河の広大な地を統治し、常々中原の繁華な世界を想い、一心に宋の天下を奪おうと企んでいた。

ある日、老狼主が御殿にお出ましになると、官吏((原文「番官」。官に北方異民族の称である番を冠するが、適当な訳語が見あたらないため、ひとまず「官吏」と訳す。))
が御殿に上がり奏上した。

「軍師が帰参いたしました。」

老狼主は謁見を命じた。すぐさま哈迷蚩は御殿に上がり、平伏して朝見すると奏上した。

「狼主、おめでとうございます。」

老狼主

「何がめでたいのだ。」

哈迷蚩は奏上して

「臣が中原に消息を探りに参ったところでは、南蛮の皇帝が小皇帝欽宗に位を譲りました。この小皇帝は即位以来、朝政をおさめず奸臣の言うがまま、忠良を遠ざけております。加えて辺境の城塞には守備する好漢がおりません。今、狼主が中原を奪おうといたしますれば、ただ兵を発して進軍するだけで、ただ一戦に手にはいること請けあいです。」

老狼主はそれを聞いて大いに喜び、十五日の吉日を選び、練兵場にお出ましになり掃宋大元帥を選ぶことを決した。高札を掲げて広く告知し、軍人・民間人等に、みな練兵場に腕比べに来るよう教え諭した。官僚達は詔を受け退いた。

当日、老狼主は親しく練兵場に赴き演武庁に座した。両側の文武の官僚どもは、朝見を済ませて両側に立つ。さて、かの演武庁の前には一つの鉄の龍があったが、これぞ先王が遺した鎮国の宝、一千余斤の重さがあった。老狼主は官吏に命じて詔を声高に伝えさせた。

「軍民を問わず、この鉄龍を持ち上げられた者を、昌平王掃南大元帥に封ずる。」

詔が下されると、かの王子、平章((『説岳』では金の将軍を「平章」と称している。金の平章政事は丞相に継ぐ地位であった。元の平章政事は地方長官で、明ははじめそれを踏襲したが廃された。))
、兵卒、将軍、だれもが元帥になろうと考えたが、一人が上がれば揺すろうとしただけで顔が紅潮し、もう一人が上がっれば持ち上げようとしただけで顔が火照り、あたかも蜻蛉が石柱を揺するよう、だれもが満面に羞恥を浮かべて退いた。老狼主

「その昔、項羽は山を抜き伍子胥は鼎を挙げた((春秋楚の伍子胥が潼関に鼎を挙げて諸侯を服せしめた故事。元雑劇『臨潼闘宝』、明小説『春秋列国志伝』等に見える。))
が、まさか我が国には無駄に多くの文武の官がいるだけで、誰もこの千金のものを持ち上げられないのか。」

怒り悩むところ、突然かたわらから一人のものがまろびでた。その容貌はと見るれば

>顔はおこった炭のごとく、髪は黒雲に似る。虬の眉に長い髯、闊い口に円い眼。身のたけは一丈、肩幅は三停。

分明なり これ&ruby(たけ){狠};き金剛の下降なるは&br;却って錯りて 開路神の獰猛なると認む

彼こそが老狼主の四番目の太子、名を兀朮という。実は天界の赤須龍の降臨、宋の天下を乱すために生まれたものである。直ちに進み出て平伏し奏上した。

「それがし、この鉄龍を持ち上げることが出来ます。」

老狼主はそれを聞くと、大喝一斉、

「縛り上げて首をはねよ。」

お側の将校達は一声返事をするや、直ちに兀朮を縛り上げた。

方々、老狼主は自分の息子が鉄龍を持ち上げられると聞いたのだから喜ぶはずのところ、なぜかえって彼を殺そうとしたとお思いか。これには訳がある。兀朮は夷狄の国に育ったのだが、南朝の書物・歴史に耽溺し、南朝の人物を恋い慕い、常々宮殿で南朝をまねた衣服を着けていたために老狼主は彼を嫌っていたが、今日、鉄龍を持ち上げられるものが誰一人なく気を揉んでいた折もおり、彼が進み出てきたので無性に腹が立ち、首をはねようととしたのである。早くも軍師哈迷蚩が慌てて奏上した。

「今日は将軍を選ぶめでたいときで、まさに太子様の武芸を見せていただこうというところですのに、どうして逆に首をはねようとなさるのですか。狼主、どうかご再考下さい。」

老狼主

「軍師にはわかるまい。見よ、朝廷中の王子・平章・将軍でさえもが持ち上げられぬもの、奴に大言するほどの本領があろうものか。かかるでたらめを言う輩を殺さずに生かしておいたところで、何になろう。」

哈迷蚩はまた奏上して

「およそ人というもの、外見で判断してはなりませぬ。臣が愚見を奏上いたしますれば、ひとまず四太子には鉄龍を挙げさせ、もしも挙げられたなら先に布告いたしました職に封じて、中原を奪いに行かせなさいませ。宋朝の天下が得られましたら、これぞ狼主の大いなる福運。もしも挙げられなければ、そのときに彼を殺せば、死んでも怨みに思うことはありますまい。」

老狼主はそれに従い、直ちに兀朮の縛めを解いて鉄龍を挙げさせ、もし挙げられなかければ直ちに首をはね妄言の罪を正すと告げた。

将校は詔を受けてただちに兀朮の縛めを解いた。兀朮は恩に感謝すると、天に向かってひそかに祈った。

「もしも私が中原に入り、宋朝の天下を奪うことができるのならば、どうか神霊のご加護で鉄龍を挙げさせたまえ。もしも中原に入れないのであれば、鉄龍を持ち上げられず、刀剣の下に死ぬまで。」

祈り終えると、左手で衣をからげ、右手で鉄龍の前足をつかみ、みごと持ち挙げた。大声で叫んで

「父上、それがし鉄龍を挙げましたぞ。」

老狼主はそれを見て大喜び、王子・平章たちに賞賛しないものは無かった。文武百官や軍民も声をそろえて喝采し、誰もが

「四殿下は真に天神です。」

兀朮は鉄龍を続けざまに三回挙げると、龍をあちらにドドンと放り投げ、演武庁に上がって父に参見し詔を待った。そこで老狼主は昌平王・除掃南大元帥・総領六国三川兵馬に封じ、軍師・参謀・左右の丞相・各元帥と各国の小元帥を統御させた。吉日良辰を選んで兵五十万を発し、珍珠宝雲旗を祭り、父王に別れを告げて中原に兵を進めた。まこと、

>人は悪虎のごとく、馬は遊龍にも似たり&br;旌旗は日を&ruby(おお){蔽};い、金鼓は天に&ruby(かまびす){喧};し

といったありさま。

さて兀朮が兵を率いて道行くこと一月余り、南朝との国境に到達した。第一の関は潞安州である。この関を預かるのは鎮守潞安州節度使、姓は陸、名は登、字は子敬というもの。夫人の謝氏には一人だけ子があり、ようやく三歳になったばかり。この閣下は、あだ名を小諸葛と呼び、配下に五千余りの兵あり、宋朝の名将である。この日、官庁に出座していると、突然斥候が報告した。

「閣下に申し上げます。大変です。大金国が元帥完顔兀朮を差し向け、五十万の軍勢をもって潞安州を犯し、百里余りに迫っております。」

陸節度はそれを聞いて仰天し、斥候に銀牌一枚を賞し、重ねて様子を探らせた。

直ちに旗牌官に命じて、城外の民草に荷物をまとめて城内に住まわせ、家屋敷をことごとく壊し、平和になるのを待ち元通りに造りなおすこととした。また旗牌を商店に差し向け、公定価格で一斗かめを買い取らせると姫垣に一つずつ置き、職人に蓋を作らせた。また各隊の将士に五つの姫垣を割り当て竃を三つ作らせた。また肥桶を千個作らせ、桶に人糞をたっぷりと入れた。また椀ほどの太さの孟宗竹を一万本、細い竹を一万本、および木綿のぼろ布一万余斤を取り寄せ、ポンプを作らせた。一方、水関では千斤の鉄門を閉じ、蔵から鋼鉄を取り出すと鉄鈎の図面を画いて鍛冶屋に形どおりに鉄鈎を作らせ、網の上にくくりつけた。また蔵から数千桶の毒薬を取り出し、人糞と調合して城壁の上の鍋で煮て、かめに入れさせた。蕃兵が来たら煮え&ruby(たぎ){滾};る糞を撒き、蕃兵にこの糞が付いただけでたちどころに爛れ死ぬという塩梅。夜には鈎の付いた網を城壁の上に布き、城壁を登る蕃兵に備えた。

手配を終えると、火急を告げる上奏文を自らしたため、役人に昼夜兼行で汴梁に届けさせた。陸登は援軍の到着が遅れて、潞安州を失うだけならまだしも、そのときには汴梁さえも守りきれなくなることを恐れた。どうしても安心できず、さらに二通の緊急文書をしたため、一通を両狼関主将・韓世忠に、一通を河間府太守の張叔夜に送り、二人の援軍を求めた。使者が城を出ると、陸登は自ら三軍を率いて城壁に登り、昼夜巡視した。これぞまさしく、

>&ruby(おとしあな){陥坑};を設け&ruby(な){就};して虎豹を&ruby(と){擒};らえ&br;鉄網を按排して蛟龍を捉う

二輪の花咲けば枝は別々というよう、一度に二つのことは話せない。陸登が準備万端整えたことはひとまず置く。さて兀朮は兵を率いて一路とうとうと進軍し、潞安州に着くと城から五十里離れたところで、号砲を放ち陣を構えた。陸登が城壁から蕃兵を見れば、果たして手強そう。その様子は、

>満天 怪霧を生じ、地に遍く黄砂起つ。但だ聞く &ruby(か){那};の撲通通((オノマトペ。「どんどん」に相当する。))たる駝鼓の声し敲くを、又聞き得たり 吚鳴鳴((オノマトペ。「ひゅーひゅー」といったところか。))たる胡笳の&ruby(しき){乱};りに動くを。東南上は千条条の鋼鞭・鉄棍・狼牙棒、西北裏は万道道の銀錘・画戟・虎頭牌。来るは一陣の藍青の&ruby(おもて){臉};、朱紅の髪、&ruby(めくれし){竅};唇に&ruby(あらわ){露};れし歯、真に&ruby(こ){箇};れ奇しき形 怪しき様、&ruby(よ){過};ぎるは兩隊の&ruby(はげ){錘擂};頭((「錘」は西瓜状の巨大なハンマー、「擂」は磨く、「鉄槌を磨いたような頭」ととる。))、&ruby(ゲジゲジ){板刷};眉、&ruby(どんぐりまなこ){環睛暴眼};、&ruby(はたして){果然}; 悪しき貌 &ruby(そうねい){狰獰};((たけだけしい様子。))たり。&ruby(ペルシア){波斯};の帽、牛皮の甲、&ruby(あたま){脳};の後には双双の雉尾を挿し、烏号の弓((『淮南子』原道訓に見える。良弓を指す。))、雁翎の箭、馬の&ruby(うなじ){項};には累累たる&ruby(ふさ){纓毛};を掛ける。旗旛は錯雑して、赤白青黄を分かち難く、兵器は縦横して、なんぞ刀槍剣戟を&ruby(わ){弁};けん。真に&ruby(こ){箇};れ滾滾たる征塵 地に随いて起ち、騰騰たる殺気 天を&ruby(おお){蓋};いて来る。((以上の賦讚は、金軍のエキゾチックな様を描写する。))

詩に曰く

>一旦 金人 &ruby(せんきん){戦釁};((「釁」は生け贄の血を血ぬる、隙間などの意。「戦釁」という熟語は他に見えないが、「戦端」と類義と採る。))を開き&br;縦横たる戈戟 塵埃を起つ&br;胡笳 吹徹すれば 軍は心震え&br;刁闘の声に驚き 客は夢より&ruby(かえ){回};る&br;鬼泣き神&ruby(な){号};き 悲しむこと切切&br;妻離れ子散じ 哭すること哀哀&br;人心 公道を存するを&ruby(がえ){肯};んぜず&br;天 刀兵を降して 劫運来る

城内の将兵はそれを見て震え上がったが、金軍が到着したばかりの機に乗じ打って出て一戦交えんとするものもいた。陸登

「いまは敵兵の鋭気がちょうど盛んであるので、堅守するのがよい。援軍の到着を待ってからにしよう。」

そのとき将兵がそれぞれ指令に従って守りにつき、ひたすら援軍を待ったことはさておく。

さて兀朮は牛皮の天幕で軍師に尋ねた。

「この潞安州はだれが守っておる。」

哈迷蚩

「ここの節度使は陸登と申すもの、小諸葛とあだ名され、用兵の上手です。」

兀朮

「忠臣か、それとも奸臣か。」

哈迷蚩

「宋朝第一の忠臣です。」

兀朮

「それならば、余は会ってみるとしよう。」

ただちに命令を下して五千の軍勢を点呼すると、軍師とともに陣営を出た。蕃兵((原文「番兵」。番は夷狄を指し、『説岳全伝』中で金の官吏・将兵は全て番を冠される。原文ママでは、日本語の「番兵」と混乱が生ずるので、ひとまず通用字を用い「蕃兵」とする。以下、「小番」「番卒」等も「蕃兵」に統一する。))
はラッパを吹き皮の太鼓を鳴らして城下に攻め寄せた。

陸登は将校に言いつけて

「しっかりと城を守っておれ。みどもは会いに行ってくる。」

城壁を下りると槍を引っ提げ身をおどらして馬に跨り、城門を開き吊り橋を下ろして、号砲とともに、匹馬単槍、陣前に出た。頭をもたげて見れば、兀朮は

>頭に一頂の金&ruby(ぞうがん){鑲};の象鼻盔を戴き、金光 &ruby(せんしゃく){閃爍};((きらめきかがやく。))
す。傍らに&ruby(にほん){兩根};の&ruby(きじ){雉鶏};の尾を挿し、左右に&ruby(ひるがえ){飄};り分かれる。身に&ruby(しんく){大紅};綿織の繍花の袍を&ruby(つ){穿};け、外に黄金を&ruby(は){嵌};め&ruby(な){就};した龍鱗甲を&ruby(こうむ){罩};る。一匹の四蹄点雪火龍駒に坐し、手に螭尾鳳頭の金雀斧を&ruby(つか){拿};む。&ruby(あたか){好象};も開山の力士、&ruby(まる){渾如};で混世魔王。

大声で叫んだ。

「そなたはもしや陸登か。」

陸登

「いかにも。」

兀朮が陸登を見て見れば、

>頭に&ruby(しんく){大紅};の結頂赤銅盔を戴き、身に連環鎖子黄金甲を&ruby(き){穿};る。走獣壷中の箭は星にも比し、飛魚袋内の弓は月の如し。真に&ruby(こ){箇};れ英雄の気象にて、蓋世無双、人材は衆を出で、豪傑第一。

兀朮はひそかに考えた。

「果たして中原の人物、並みの者とは違う。」

そこで口を開いて

「陸将軍、それがしは五十万の兵を領し、中原に攻め込み宋朝の天下を奪おうと思うが、この潞安州こそが第一の場所。それがしは将軍が好漢であると久しく聞いておるので、特に勧めに参った。それがしに帰順すれば王位に封ずるが、将軍の考えはいかに。」

陸登

「おまえは誰だ。さっさと名乗れ。」

兀朮

「それがしは余人にあらず、大金国総領狼主御前の第四太子、昌平王・掃南大元帥の官を拝する完顔兀朮である。」

陸登は大喝一声

「馬鹿を申すな。天下には南北の分があり、それぞれ国境を守っておる。我が主は遙か遠方まで仁徳を垂らせたまい、汝ら鼠輩を生かし兵刃を加えずにおいでである。そちらは臣の節を慎み守ろうとせず、却って大義名分なき軍を興して辺境を犯し、我が軍を煩わすとはいかなる道理か。」

兀朮

「将軍の話は間違えておる。古より天下は一人の天下に非ず、ただ徳ある者が居るもの。なんじ宋朝の皇帝は、放縦無道、賢臣を遠ざけ奸臣を用い、大いに土木を興し、民は怨み天は怒っておる。そのため我が主は仁義の師を興し、民草を困窮から救うのだ。将軍が早く天に応じ人にしたがえば、封侯の位を失わぬであろう。もしも頑迷であれば、おまえのこのちっぽけな城では持ちこたえられまい。その時は踏みつぶされて平地になり、玉も石も焼け損なわれてから、後悔しても遅いのだぞ。」

陸登は大いに怒って、怒鳴りつけた。

「この野郎、でたらめぬかすな。わが槍をくらえ。」

はっしと一槍、兀朮めがけて突きかかった。兀朮が金雀斧を挙げればガシッと鳴り響き、槍を跳ねのけ斧を返して斬りつけた。陸登は槍をしごいて迎え撃ち、戦うこと五六合、どうして兀朮に敵おう、支えきれずにやむなく馬首をめぐらして逃げた。兀朮は後を追いかける。陸登は大声で

「城の者、砲を放て。」

この一声に、兀朮は馬を返して退いた。城内では吊り橋を下ろし、陸登を城内に迎え入れた。陸登は諸将に

「兀朮は果たして手強い。おまえ達、注意深く守りを固めよ。敵を甘く見てはならぬ。」

さて兀朮が兵を収めて陣営に入ると、軍師が尋ねた。

「ただいま陸登が単騎敗走しましたのに、太子はなぜ追いかけて捕らえなかったのでしょうか。」

兀朮

「陸登が一人で出馬したからには、必ずや伏兵があろう。まして大砲を撃ってきたのであるから、この上奴を追いかけても無益だ。」

軍師

「太子のおっしゃるとおりです。」

一夜が過ぎ、翌日、兀朮はまた城下に挑戦しに行ったが、城には免戦牌((「免戦=戦わない」と書いた額。通俗物語中では、これが掲げられていると、攻撃側も攻めかからない約束。
が掛けられており、叫び罵るのにまかせ、どうしても出撃してこない。守ること半月余、兀朮は心焦りはじめ、烏国龍・烏国虎に命じて雲梯を作らせると、三元帥奇温鉄木真に五千の兵を率いて先鋒をつとめさせ、兀朮自らは大軍を率いて後詰めをつとめた。堀にやってくると、蕃兵に命じて雲梯を水中に置いて吊り橋とし、大軍に堀を越えさせた。雲梯を城壁にたてかけると、一の字に並べて一斉に兵士を城壁に登らせた。間もなく登り切ろうとしても城には何の動きもない。兀朮は考えた。

「陸登は逃走したに相違あるまい。さもなければ、城壁の上に守備兵がいないはずがない。」

そこに突然、城内で号砲一発鳴り響き、煮え滾る糞が放たれ、蕃兵は一人一人雲梯から転げ落ち、みな死んでしまった。城壁の上の兵士は、雲梯を全て城内に引き上げた。兀朮は軍師に尋ねた。

「なぜ城壁を登った兵士達が落ちてきて、みな死んでしまったのだ。いったいどういうわけだ。」

哈迷蚩

「これは陸登が煮え滾る糞で人を打ったもの、名を臘汁と言い、体にすこしでも付けばたちどころに死んでしまいます。」

兀朮は大いに驚き、慌てて兵を収めて陣営に戻らせた。こちら陸登は兵士に墜死した蕃兵の首級を取らせて城壁にさらし、雲梯を破壊すると、また糞を煮込ませた。このことはさておく。

さて兀朮は本営で軍師と商議して

「昼間城壁に登れば、城から糞をかけられて避けがたい。闇夜を待って攻めかかってみよう。」

計略を定めると、黄昏どきにまた五千の兵を率い雲梯を携え堀端にやってきた。前と同様に堀を渡り、雲梯を城壁にかけて蕃兵を一斉に登らせた。兀朮は暗闇の中で、城壁にまったく灯火が見えず、よじ登った蕃兵がそろって皆ひめがきに入るのを見て、心中大いに喜び、軍師に向かって

「今度こそ必ずや潞安州を得られるよう。」

話終わらないうちに、城内で号砲一発鳴り響き、瞬く間に提灯や松明が白日のように照り輝き、かの蕃兵どもの首が、全て城から投げ捨てられた。兀朮はそれを見ると、眼に涙を流して軍師に尋ねた。

「この蕃兵どもは、どうして皆殺しになったのだ。どういうことだ。」

哈迷蚩

「臣にもわけが分かりませぬ。」

実は城壁の上には竹竿を支柱に網が張られ、網には一面倒鬚鈎が懸かり、城壁の上から平らにさしかけるように張られていた。城壁をよじ登った蕃兵は、暗闇の中見えずに網の中に踏み込んだために余さず討ち取られたのである。兀朮はそのありさまを見て覚えず大泣きし、平章たちに慰められ陣営に戻った。兀朮は、この城を攻めて四十余日、成功が得られず、逆に多くの兵士が傷ついたことを考えて憂悶した。

軍師は兀朮の様子を見て、陣営を出て巻き狩りして憂さ晴らしするよう勧めた。兀朮はそれに従い、兵士を点呼し猟犬・鷹をつれて、山林の奥深くに巻き狩りした。遥かに一人の男が林の中に隠れるのを見て、軍師は兀朮に言った。

「林の中に、くせ者がおります。」

兀朮は蕃兵に命じて探させた。間もなく、蕃兵が一人の者を捕らえて兀朮の前に引き出すと跪かせた。兀朮

「おまえはどこから来たくせ者だ。さっさと白状しろ。一言でもごまかそうものなら、刀が待っておるぞ。」

この人が何言か話したがために

>大胆なる軍師、&ruby(はな){鼻子};を割かれ去るは真に&ruby(おかし){好笑};く&br;忠良なる守将、頭顱を刎ね下すは実に&ruby(うやま){欽};うべし

ということになるのである。

その人がいったい何を言いだすのかは、次回のお楽しみ。