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長安大戯院夜戯 †京劇交響劇詩『梅蘭芳』 †
もちろん「交響劇詩」と称しているくらいで、伝統京劇とは全く別次元のモノであります。 ストーリー概略は以下の通り。
ご覧のように、梅蘭芳を抗日英雄として称える劇です。人物は話劇風、心象風景を伝統劇として背景、あるいは前景に適宜登場させる、という作りです。 役者の演技はまあいいですし、于魁智の歌ももちろん良いんですが、この種のモノの最大の問題は常に一つ、これが京劇である必然性があるのか、という点です。これもその例に漏れず、京劇は背景上演だけに留めて、話劇として作るか、あるいは宝塚風ミュージカルにでも仕立てた方が、ずっと効果があったと思いますね。その意味では、行く先を見失った京劇のあがき、という風に見えてしまいます。それと、交響劇詩という割には中途半端にストーリーがあるんですよねえ。肝心な(ハズの)梅蘭芳の芸に関する描写は、日本人を陶酔させた、という一点のみで、あまりにおざなり。その歌舞伎役者がいきなり舞台上で梅を取り囲んでいるオープニングは、あまりに異常だし、観客も少々ワケが分からなかった様子。全体として、もう少し叙情に徹する、もう少し若い時期の梅も描くなど、やり方があったのではないかな。 前宣伝もあってチケットはソールドアウトでしたね。あたりの観客は現代風の舞台に派手な京劇衣装が行き交うのに悦んでたみたいでした。その意味では、劇団四季や宝塚的存在が無く、古典芸能から現代的ミュージカルまで全てを京劇が担わざるをえない、そいういう一種不幸な状況をあらわしているとも言えるでしょう。 演出は、全体として意図わかりやすかったけど、セリの使い方はもうちょっと工夫すべきですな。セリの下の昇降器具まで見えてしまうほど持ち上げる必然性、見えなかったな。 しかし、オケはいつまでたっても上手くならないなあ、中国。これもいつも言われることですが、個々の伎倆はあっても、アンサンブルが悪いし、音程がキチンと揃わずに和音が不協になるので、一つの楽器として響かない。だいたい、なんで初めにチューニングしないの? この劇、北京京劇院のレパートリーとなり、役者を入れ替えて、今後上演され続けるそうです。あの豪華キャストを常に集めるのは不可能だし、舞台セットなどのコストも回収しなくてはならない、という事情があるようで。リニューアル第一回公演は、北大百年記念講堂で行われました。 http://www.bjd.com.cn/BJWB/20040524/GB/BJWB%5E11713%5E17%5E24W1715.htm [この日記を編集] |
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